バトンをつなぐ戦争の記憶

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こちらでは以前のブログ合わせ型の再掲になります。
育児日記代わりにつけていたブログに、原爆の日と終戦記念日だけ、息子に託すつもりで今年も久々に日記を開いて記しました。
 
何度発信しても足ることのない戦争の記憶。
 
​​​​​14の夏ループ​​​

何から話そう    二つ前の戦争から    この国のかじ取りは    闇雲にはしり


開戦してから    中学でわら人形に    銃を向けたりそして    行進したり


中二にあがって   朝4時起きで向かう   陸軍火工廠で       信管火薬つくる日々


火薬庫にいる時も  往復の通勤の時も    死と隣り合わせに     強烈なひもじさだよ


上官の命令は絶対  爆発事故で跡形も    無くなった人も目にした


いつも街中(まちなか)で          たくさんの人が倒れてるのを


見ていたから    あまりショックもないなんて


同じ14才の     今の僕らには      想像を絶する時代だけど  ここにつながるボクら


何より怖かった   P-51とグラマン戦闘機  超低空飛行の機銃掃射から 命拾い


戦争に勝つためなら いろんなことに耐えられた


そんな気持ちにさせる教育って怖い現代(いま)もそう


気づけたこと    それが平和への一歩


/////戦争の語り部である父の声を書き留めて遺していくのに、時を超えて戦争の話し手と聴き手となった14歳の少年たちの様子を捉えて歌にしてみたオリジナルソング。

昨冬、歌詞がつかないサブスクで配信をしました。詩だけここに掲載します。
詩も敢えていかついコトバそのままを使い、のせるメロディは合唱曲をイメージしてJPOP調にまでもっていけるほどのスキルはなくて稚拙ですが、この育児日記(別のブログです)を息子に残していくことで、ようやくバトンをつなげる形にはできたかなと思います。

?補足?
自分の創作のテーマは通じて身近なところからの“平和”です。
以前活動させてもらっていたライブハウスで、他に創作活動をサポートしてくれるのが魅力でここを拠点にいくつかオリジナルソングを創り、この出来事☟も歌にして、詩をここに掲載しました。

2019年8月9日に息子の小学校時代のお友だちのHくんが私の父を訪ねてきました。
Hくんの中学では、夏休みの宿題の一つに戦争の話を聞いてそれを作文にすることとの課題が出され、父の戦争体験を聴きにやってきて、Hくんが書いた作文はその年に学校内で金賞を受賞しました。
父が伝えた話から14歳だったHくんが感じたままを、なかなか一曲には全部反映できなかったのですが、私もここに私なりのつなぎ行動で参加してみようと思い創ってみました(^^♪

父よ、Hくんよ、Hくんママよ、息子よ、ありがとう(^人^)

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